「薬剤師は飽和していて、将来性がないのではないか」といった声を耳にし、ご自身のキャリアに不安を感じている薬剤師の方は少なくないかもしれません。
確かに、IT技術の進化や薬学部の増加など、薬剤師を取り巻く環境は大きく変化しています。
しかし、薬剤師の将来性が一方的に暗いわけではありません。
変化の時代だからこそ、新たに求められる役割が生まれており、それを理解し対応することが、今後のキャリアを築く上で非常に大切になります。
この記事では、公的なデータや最新の動向に基づき、薬剤師の将来性について多角的に解説します。
漠然とした不安を解消し、ご自身のキャリアプランを考える一助となれば幸いです。
記事のポイント
- データに基づく薬剤師の需要と供給の現状
- 業種ごとの将来性の違いと求められる役割
- 今後も活躍し続けるために必要なスキル
- 自身の市場価値を高める具体的なキャリアパス
データで見る薬剤師の将来性の現状
薬剤師の将来性を語る上で、まずは客観的なデータから現状を把握することが不可欠です。
ここでは、有効求人倍率の推移や地域差、そして「飽和状態」と言われる背景にあるIT化や制度の変更といった要因を詳しく見ていきます。
- 有効求人倍率は年々低下傾向
- 地方では薬剤師不足が続く現実
- 薬剤師が飽和状態と言われる理由
- AI・IT化がもたらす業務の変化
- リフィル処方箋導入による影響
有効求人倍率は年々低下傾向
薬剤師の有効求人倍率は、依然として全職種の平均を上回っており、売り手市場である状況に変わりはありません。
厚生労働省の統計によると、直近の「医師・薬剤師等」の有効求人倍率は2倍を超えており、これは求職者1人に対して2件以上の求人があることを示しています。
ただし、この数値は長期的な視点で見ると、年々低下傾向にある点に注意が必要です。
例えば、2018年には5倍以上あった有効求人倍率が、数年で半分以下になっているというデータがあります。
年月 | 医師・薬剤師等の有効求人倍率 |
2018年3月 | 5.35倍 |
2020年3月 | 3.34倍 |
2022年3月 | 2.03倍 |
2024年2月 | 2.34倍 |
(参考:厚生労働省「一般職業紹介状況」)
この傾向は、薬学部の新設ラッシュによる薬剤師数の増加が主な要因と考えられます。
かつてのように「資格さえあればどこでも働ける」という時代から、個々のスキルや経験がより重視される時代へと、少しずつシフトしているのかもしれません。
地方では薬剤師不足が続く現実
前述の通り、全国的に見ると薬剤師の有効求人倍率は低下傾向にありますが、地域によってその状況は大きく異なります。
都市部では薬剤師の数が充足、あるいは飽和に近い状態になっている一方で、地方や過疎地域では依然として深刻な薬剤師不足が続いています。
厚生労働省が公表している「薬剤師偏在指標」を見ると、特に病院薬剤師は多くの都道府県で必要とされる数を満たせていません。
薬局薬剤師に関しても、都市部への人材集中が進んでおり、地方では人材確保が経営課題となっています。
このような背景から、地方の薬局や病院では、都市部よりも好条件の求人を提示して積極的に採用活動を行っているケースが少なくありません。
キャリアを考える上で、働く地域をどこに定めるかは、将来性を左右する一つの大きな要因と言えます。
薬剤師が飽和状態と言われる理由
薬剤師が将来的に飽和状態になるという懸念は、主に供給数の増加に起因します。
2006年度の薬学部6年制移行に伴い、全国で薬科大学や薬学部の新設が相次ぎました。
その結果、毎年約1万人の新たな薬剤師が誕生しており、薬剤師の総数は右肩上がりに増え続けています。
厚生労働省の需給推計によれば、このままのペースで供給が増え続けると、2045年には数万人規模で薬剤師が過剰になる可能性も示唆されています。
もちろん、これは現在の業務範囲を前提とした試算であり、今後の医療制度の変化によって需要が変動する可能性は十分にあります。
しかし、単に資格を持っているだけでは安泰とは言えなくなる時代が来るかもしれない、という危機感を持つことは大切です。
AI・IT化がもたらす業務の変化
薬剤師の将来性を語る上で、AIやIT技術の進化は避けて通れないテーマです。
近年、薬局業務の効率化は目覚ましく、多くの業務が機械やシステムによって代替されつつあります。
AIや機械が得意とする業務
具体的には、PTPシートの自動払い出し機、散薬や水剤の自動調剤ロボット、一包化監査システムなどが普及し始めています。
これらの技術は、調剤の正確性を高め、薬剤師の対物業務における負担を大幅に軽減します。
在庫管理や発注業務、薬歴の入力補助などもAIが得意とする領域です。
薬剤師にしかできない業務へのシフト
一方で、これらの技術進化は、薬剤師の仕事を奪うというよりも、業務内容をより専門的で付加価値の高いものへとシフトさせる好機と捉えることができます。
機械が対物業務を担ってくれることで、薬剤師は患者さん一人ひとりと向き合う時間を十分に確保できるようになるからです。
患者さんの表情や声のトーンから不安を汲み取ったり、生活背景に合わせた服薬指導を行ったり、副作用の兆候を早期に発見したりすることは、現在のAIには困難な、人間にしかできない重要な業務です。
これからの薬剤師には、こうした対人業務のスキルを一層磨いていくことが求められます。
リフィル処方箋導入による影響
2022年度の診療報酬改定により、日本でも「リフィル処方箋制度」が導入されました。
これは、主に症状が安定している慢性疾患の患者に対して、医師の判断のもとで、一定期間内に同じ処方内容を繰り返し使用できる制度です(最大3回まで)。
この制度により、患者は医療機関を受診する回数を減らすことができ、通院負担の軽減や医療資源の有効活用が期待されています。
一方で、薬剤師にはこれまで以上に積極的な関与が求められます。
具体的には、薬剤師が患者の服薬状況や体調の変化を継続的に観察し、必要に応じて医師の受診を勧めるなど、適切なフォローアップを行うことが重要となります。
そのため、リフィル処方箋の普及は、薬剤師が単に薬を調剤するだけでなく、患者の健康管理を支える専門職として、地域医療における役割を一層強化する契機となると考えられます。
業種別で見る薬剤師の将来性の違い
薬剤師の将来性は、働く場所によっても大きく異なります。
ここでは、主な勤務先である「調剤薬局」「ドラッグストア」「病院」「製薬企業」の4つの業種に分け、それぞれの現状と今後の見通し、求められる役割について解説します。
- 調剤薬局で求められる役割の変容
- ドラッグストアでの需要とセルフメディケーション
- 病院で高まるチーム医療への期待
- 製薬企業を取り巻く厳しい状況
調剤薬局で求められる役割の変容
調剤薬局は、薬剤師の最も一般的な勤務先ですが、その役割は大きな変革期を迎えています。
国が推進する「地域包括ケアシステム」の構築において、薬局は単なる調剤の場から、地域住民の健康を支える拠点としての機能が期待されています。
具体的には、在宅医療への積極的な参画や、複数の医療機関にかかる患者さんの服薬情報の一元管理、24時間対応などが求められます。
2019年の薬機法改正で創設された「地域連携薬局」や「専門医療機関連携薬局」といった認定制度も、こうした流れを後押しするものです。
これらの変化に対応できない、いわゆる門前薬局は、診療報酬の面でも厳しくなり、淘汰が進む可能性があります。
逆に言えば、在宅医療のスキルを磨き、多職種と連携できるコミュニケーション能力を持つ薬剤師は、これからの調剤薬局において非常に価値の高い存在となります。
ドラッグストアでの需要とセルフメディケーション
ドラッグストア業界は、近年著しい成長を続けており、店舗数も増加の一途をたどっています。
調剤薬局を併設する店舗も増えているため、薬剤師の需要は非常に高い状態が続いています。
ドラッグストアの大きな特徴は、セルフメディケーションの拠点であることです。
処方箋医薬品だけでなく、OTC医薬品や健康食品、サプリメントなど幅広い知識が求められます。
高齢化が進み、医療費抑制が国の課題となる中で、国民が自らの健康に関心を持ち、軽度な不調は自分で手当てするセルフメディケーションの重要性はますます高まります。
来店したお客様の相談に乗り、適切なアドバイスができる薬剤師は、ドラッグストアにとって不可欠な存在です。
調剤とOTCの両方の知識を兼ね備えることで、活躍の場はさらに広がるでしょう。
病院で高まるチーム医療への期待
病院薬剤師の需要は、今後も比較的安定していると考えられます。
特に、高齢化に伴い、複数の疾患を抱え、多くの薬剤を服用する患者さんが増える中で、病棟での薬学的管理の重要性は増すばかりです。
2012年に新設された「病棟薬剤業務実施加算」は、薬剤師が病棟に常駐し、医師や看護師と連携して患者さんの薬物治療に貢献することを評価するものです。
この加算により、病院における薬剤師の需要は大きく増加しました。
最先端の医療に触れながら、専門性を高められるのが病院薬剤師の魅力です。
「がん専門薬剤師」や「感染制御専門薬剤師」など、特定の領域で高度な知識とスキルを持つ薬剤師は、チーム医療のキーパーソンとして、今後ますます価値が高まっていくと考えられます。
製薬企業を取り巻く厳しい状況
製薬企業、特にMR(医薬情報担当者)として働く薬剤師の将来性は、他の業種に比べて厳しい状況にあると言わざるを得ません。
国の後発医薬品(ジェネリック医薬品)使用促進策により、新薬メーカーの経営環境は年々厳しくなっています。
また、医療機関への訪問規制の強化や、インターネットによる情報提供の普及により、MRの数自体が減少傾向にあります。
もちろん、研究開発や臨床開発、学術といった部門では、薬学の専門知識を持つ人材が引き続き必要とされます。
しかし、これらの職種は採用枠が少なく、非常に高い専門性が求められるため、誰もが目指せるキャリアパスとは言えないのが現状です。
製薬企業への就職や転職を考える際は、こうした業界動向を十分に理解しておく必要があります。
業種 | 将来性の見通し | 求められるスキル・役割 |
調剤薬局 | △(二極化が進む) | 在宅医療スキル、多職種連携、かかりつけ機能 |
ドラッグストア | 〇(需要は高い) | OTCの知識、セルフメディケーション支援 |
病院 | 〇(比較的安定) | 高度な薬学的管理、チーム医療への貢献 |
製薬企業 | ×(厳しい状況) | 高い専門性(研究開発など)、狭き門 |
これからの薬剤師の将来性を高めるスキル
変化の時代を生き抜くためには、薬剤師一人ひとりが自身の市場価値を高める努力を続けることが不可欠です。
ここでは、これからの薬剤師に特に求められる5つのスキルや資質について具体的に解説します。
専門性を高める認定薬剤師の資格
薬剤師としての専門性を客観的に証明する上で、「認定薬剤師」や「専門薬剤師」の資格は非常に有効です。
これらの資格は、特定の分野において高度な知識と技術、そして豊富な実務経験を持つことの証となります。
例えば、以下のような資格が挙げられます。
- 研修認定薬剤師: かかりつけ薬剤師の要件の一つであり、全ての薬剤師が目指すべき基本的な資格です。
- がん薬物療法認定薬剤師: がん治療における薬の専門家として、病院や専門医療機関連携薬局で需要が高い資格です。
- 在宅療養支援認定薬剤師: 在宅医療のニーズの高まりを受け、今後ますます価値が高まる資格です。
これらの資格取得を目指して学習を続ける向上心は、転職市場においても高く評価されます。
自身のキャリアプランに合わせて、目標となる資格を設定することが大切です。
かかりつけ薬剤師に必須の対人能力
前述の通り、薬剤師の業務は「対物」から「対人」へと大きくシフトしています。
したがって、患者さんや他の医療従事者と良好な関係を築くためのコミュニケーション能力は、最も重要なスキルの一つと言っても過言ではありません。
かかりつけ薬剤師には、患者さんの服薬状況や生活背景を継続的に把握し、一人ひとりに寄り添ったサポートを提供することが求められます。
薬に関する説明を分かりやすく伝える力はもちろん、相手の話を丁寧に聞き、不安や悩みを引き出す傾聴力も不可欠です。
こうした信頼関係の構築が、質の高い医療提供の基盤となります。
在宅医療で活躍するための知識と経験
団塊の世代が75歳以上となる2025年を目前に控え、在宅医療の需要は確実に高まっています。
政府も医療費削減の観点から在宅医療を推進しており、この流れは今後も加速するでしょう。
そのため、在宅医療に関する知識や経験は、薬剤師としての市場価値を大きく高める要素となります。
患者さんのお宅へ訪問し、薬の管理や服薬指導を行うだけでなく、医師や看護師、ケアマネジャーと連携して療養環境を整える役割も期待されます。
在宅医療に積極的に関わっている薬局へ転職するなど、実践経験を積むことがキャリアアップに繋がります。
管理薬剤師に求められるマネジメント力
薬局や病院といった組織でキャリアを築いていく上では、マネジメント能力も重要なスキルです。
管理薬剤師は、医薬品の管理や法令遵守といった責任を負うだけでなく、共に働くスタッフをまとめ、育成するリーダーとしての役割も担います。
チーム全体の業務が円滑に進むように配慮し、後輩の指導や相談に乗ることで、組織全体のパフォーマンス向上に貢献できます。
将来的に薬局長やエリアマネージャーといった役職を目指すのであれば、日々の業務の中からマネジメントの視点を養っていくことが求められます。
グローバル化に対応する外国語スキル
近年、日本で暮らす外国人や外国人観光客の増加に伴い、医療現場でも外国語対応の必要性が高まっています。
特に都市部の薬局やドラッグストアでは、英語や中国語などで服薬指導ができる薬剤師は非常に重宝されます。
新薬に関する最新の情報は、多くの場合、英語の論文で発表されます。
語学力があれば、こうした情報をいち早くキャッチし、自らの知識をアップデートすることも可能です。
グローバル化が進む現代において、語学力は他の薬剤師との差別化を図る強力な武器になり得ます。
まとめ:変化への対応が薬剤師の将来性を拓く
この記事では、薬剤師の将来性について、有効求人倍率などのデータ、業種別の動向、そして今後求められるスキルという観点から解説しました。
最後に、本記事の要点をまとめます。
- 薬剤師の有効求人倍率は低下傾向にあるが全職種平均よりは高い
- 都市部では充足傾向、地方では依然として薬剤師が不足している
- AIやIT化により対物業務は減少し対人業務の重要性が増す
- リフィル処方箋の普及はかかりつけ薬剤師の役割を強化する
- 調剤薬局は在宅医療など地域貢献機能がなければ淘汰される可能性がある
- ドラッグストアはセルフメディケーションの担い手として需要が高い
- 病院薬剤師はチーム医療の要として今後も安定した需要が見込める
- 製薬企業のMRは減少傾向にあり将来性は厳しい
- 専門性を証明する認定薬剤師資格の価値が高まる
- 患者や多職種と連携するコミュニケーション能力は不可欠
- 在宅医療の経験は市場価値を大きく向上させる
- 管理薬剤師にはマネジメント能力が求められる
- 語学力はグローバル化に対応する武器となる
- 薬剤師の将来性は決して暗いものではない
- 時代の変化に適応しスキルを磨き続けることがキャリアを拓く鍵となる
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本記事では、薬剤師の将来性について、データや業種別の動向、求められるスキルなど、多角的な視点から解説いたしました。
AIの台頭や薬剤師の飽和状態といった不安要素は確かに存在します。
しかし、それは同時に、薬剤師の役割がより専門的で付加価値の高いものへと進化する好機でもあります。
対物業務から対人業務へ。
この記事でご紹介した「かかりつけ薬剤師」や「在宅医療への貢献」といった視点を持ち、ご自身のスキルを磨き続けることが、これからの時代に求められる薬剤師への道筋となるでしょう。
この記事が、皆様のキャリアプランを考える上での一助となれば幸いです。